バレーボール

新鍋理沙は不仲説で代表辞退していた?文春にかかれた木村沙織との関係

新鍋理沙は不仲説で代表辞退していた?文春にかかれた木村沙織との関係が気になると話題になっています。全日本代表メンバーとしても活躍していた、美人選手としても有名な新鍋理沙選手ですが、実は不仲説が囁かれているんです。

 

そして、その不仲が理由で全日本代表の辞退をしているとも言われています。週刊文春にも、木村沙織選手とのことについて書かれていたこともあります。今回は、新鍋理沙選手について、不仲と報じられているのは誰なのか?不仲が理由で代表辞退したというのは本当なのか?週刊文春に書かれたことがある、木村沙織選手との仲について調べていきたいと思います。

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新鍋理沙は不仲説を文春に書かれたことがある?

新鍋理沙選手は、2016年8月に週刊文春に全日本代表チームの中で、監督やチームメンバーとの不仲説を報じられました。理由として、監督・メンバーに対して信頼関係が全く感じられずに代表入りを辞退したということが書かれていました。その時に書かれていた記事を元に、私なりの考えを述べていきたいと思います。

新鍋理沙と木村沙織は不仲だった?

週刊文春の内容では、新鍋理沙選手が、元日本代表監督の眞鍋政義監督と当時全日本代表のチームキャプテンを務めていた木村沙織選手の2人との不仲説を報じていました。記事によると、新鍋理沙選手が「眞鍋監督は木村沙織選手を特別扱いしている」と、反発したことがきっかけだったそうです。

 

それがチーム内に知れ渡り、世界選手権では途中からレギュラーを外されることになったそうです。新鍋理沙選手は、眞鍋監督から「お前はサーブレシーブだけしていればいい」と言われ、ショックを受けたといいます。それ以来、新鍋理沙選手は全日本には行かなくなり、理由として「眞鍋監督と木村沙織選手が嫌だ」とはっきり言ったそうです。

 

もしも、本当に眞鍋監督からそのような事を言われたのであれば、アタッカーである新鍋理沙選手にとっては、攻撃にも挑みたかったという気持ちがあったと思います。しかし、この記事が出た時、バレーボールファンの間では新鍋理沙選手と木村沙織選手の不仲はありえないと言われています。

 

また、眞鍋監督が考えた戦術にも多少納得いかないことはあっても、全日本代表である以上、新鍋理沙選手がチームワークを乱すような行動を起こすとは考えにくいですね。このようなことから文春が報じな内容は嘘だった可能性が高いのです。

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新鍋理沙は中田久美監督と不仲だった?

現在、全日本代表の中田久美監督とは、どういう関係性なのか調べてみました!新鍋理沙選手と中田久美監督は、中田久美監督が久光製薬スプリングスの監督時代からの師弟関係だといいます。

 

調べてみても、不仲という情報は全く出てこなくて、むしろ中田久美監督のことを慕っています。また、新鍋理沙選手にとって中田久美監督の存在は大きいものであるようです。新鍋理沙選手はインタビューで、「2011年に中田久美監督が来られていなかったら、今バレーをしているかわからないし、バレーに対しての考え方も全然変わった」とも言っています。

 

いつも選手のことを考えて、何があっても味方でいてくれる中田久美監督を信頼しているようですね。2017年からは中田久美監督のもと、全日本代表メンバーにも登録され、同年8月に開催されたアジア選手権では、10年ぶり優勝の原動力となり、新鍋理沙選手自らもMVP獲得をしています!

 

新鍋理沙選手と中田久美監督にしかわからない、強い深い絆で繋がっているんだなと感じました。不仲だったのは前監督の真鍋監督で中田久美監督のことはとても信頼していることになりますね!

新鍋理沙は不仲説でリオオリンピックの代表を辞退していた?

新鍋理沙選手は、2016年に開催されたリオオリンピックを辞退していますが、これについても週刊文春は不仲説で辞退していると報じていました。新鍋理沙選手はインタビューで、2014年の世界選手権では思ったようなバレーが出来なかったと答えていました。ブランクというものでしょうか。

 

やってもやっても、なかなか思いどおりにいかない時ってありますよね・・・。全日本には、そんな状態の選手がいても良いチームにならないし、迷惑をかけてしまうと思い、自ら辞退したそうです。どうやら、不仲説ではなかったようですね。

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新鍋理沙はいつから日本代表に選ばれた?

2011年、新鍋理沙選手が21歳の時に日本代表に選出され、メンバー登録されました。同年6月に開催された、モントルーバレーマスターズで国際試合デビューを果たしました。また、同年11月のワールドカップバレーでは、同じく久光製薬スプリングス所属で同い歳である岩坂名奈選手と共に「最年少コンビ」として、注目を集めていました。

 

2012年6月にロンドンオリンピックの代表メンバーに選出され、試合中は安定したサーブとレシーブでチームを支え、全日本女子バレー28年ぶりの銅メダル獲得に貢献しました。また、2014年のワールドグランプリ、世界選手権でも数々のプレーをこなし、チームに貢献しました。

新鍋理沙の代表落ち辞退した理由は怪我が原因だった?

2015年、新鍋理沙選手は怪我を理由に全日本メンバー入りを自ら辞退しています。また、2016年のリオオリンピックにも選出されませんでした。試合中に、ジャンプから着地した後に転倒し、立ち上がることか出来なくて、車椅子で退場するという怪我を負っていたそうです。

怪我をしたこともあり、気持ちが落ちてしまったのかもしれませんね。辞退した本当の理由がわかって良かったです!

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新鍋理沙のプレイスタイルは?

新鍋理沙選手は、日本チームの守備の要として活躍が期待されています。というのも、2012年・2013年のプレミアリーグでは、レシーブ賞を獲得していて、2014年・2015年・2016年・2018年にはサーブレシーブ賞を獲得しています!

 

新鍋理沙選手本人も、レシーブが1番好きだと言っていますよね。相手の渾身のいちげきを拾うのが気持ちいいそうです!確かにそれはありますね!コートに落ちそうなボールを拾えた時は最高に気持ちいいです!

 

また、新鍋理沙選手は身長173cmと世界を相手に戦うには小柄な方ですが、大きな外国人相手でもうろたえることなく、狙ったところにアタックを打つことも出来ます!また、サーブもうまいんです!

 

守備も攻撃も、完璧にこなせる選手って素晴らしいですね!新鍋理沙選手は、久光製薬スプリングスにはもちろん、全日本代表には絶対に欠かせない選手ですね!

新鍋理沙選手のプロフィールと経歴

新鍋理沙選手は、1990年7月11日生まれの鹿児島県姶良郡福山町(現在霧島市)出身です。身長173cm、体重64kgです。

両親の影響で、小学校1年生からバレーを始めました。鹿屋中央高等学校へ進学しています。2006年、高校1年生の時にインターハイでは全国優勝し、2007年の春高バレーではベスト4の成績を残しています。

 

翌年、監督の体罰が理由で、宮崎県にある延岡学園高等学校へ転入しています。2008年も春高バレーに出場しましたが、惜しくも2回戦で敗退しています。同年11月に、久光製薬スプリングスの内定選手となり、高校卒業後から現在まで久光製薬スプリングスに所属しています。

 

2009-2010シーズンのプレミアリーグでは、わずか2セットの出場に終わりました。2011シーズンからは開幕からスタメンで出場し、プレミアリーグでは最優秀新人賞を獲得しています。

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まとめ

様々な不仲説が浮上していましたが、木村沙織選手と一緒にプレイをしていた時は、良きチームメンバーであり良きライバルだったのではないでしょうか。アタッカーでありながらレシーブも確実にこなす新鍋理沙選手。信頼する中田久美監督のもとでの、世界選手権では大いなる活躍を期待しています!

 

 

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