皇室関係

紀子様の堕胎の相手は?恋愛遍歴で紀子様の怖い正体が結婚後に発覚か!

紀子様の堕胎の相手は?恋愛遍歴で紀子様の怖い正体が結婚後に発覚かと注目されています。内親王眞子様のご婚約延期騒動で、秋篠宮家は皇室ご一家の中でも、特に注目を集めていますよね。

 

そんな眞子様の母である紀子様に、堕胎疑惑が浮上しているそうです。紀子様の笑顔の下には、怖い正体が隠されているというのは本当なのか、ご結婚前の恋愛遍歴も併せて、まとめてみました。

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紀子様に胎児の噂があるのは本当?

1990年6月にご結婚され、眞子様が翌年、1991年10月にご誕生。佳子様が1994年12月にご誕生されました。このとき、まだ紀子様は28歳です。長男の悠仁様が2006年9月にご誕生されるまで、12年もあいていますよね。

 

この間にも紀子様は懐妊されたが、女児だったので堕胎したとの噂が出たようです。その上、2004年頃から女性・女系天皇容認の議論がされる中での悠仁様のご誕生。タイミングが良すぎたから、噂が真実味を帯びたようです。

紀子様が浮気をしてできた子供だから、生めなかったという下世話な噂もありますが、何の根拠もないようですよ。

紀子様が学生時代にも胎児の噂が!相手は誰?秋篠宮様?

紀子様の胎児疑惑は学生時代にも噂があったようです。まだ秋篠宮様とご結婚する前の話で、大学時代の頃に付き合っていた男性との間に子供ができて胎児したという噂です。しかし大学時代に紀子様が交際していた相手は調べてみたところ、秋篠宮様しか思い当たりませんでした。

 

もしこの話が本当ならば、胎児の相手は秋篠宮様しか考えられないでしょう。しかし普通に考えて秋篠宮様は、兄の皇太子殿下よりは社交的な性格のようですが、さすがに天皇陛下の息子という立場をしっかり幼い頃から教えられてきて、自分が国民からどのように見られているから当然わかっているはずです。

 

紀子様との交際は早くから天皇陛下や美智子様に報告していましたから間違っても先に子供を作るということは考えられませんよね。もしそんなことになったら皇室のスキャンダルとして大々的に報道されるのは間違いありません。

 

紀子様が学生時代に胎児した話についてはあくまでも噂の段階で証拠はなにもない状態です。

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紀子様の学生時代は恋愛奔放で素行が悪い?タバコ吸っていた疑惑も

紀子様はアメリカやオーストリアで生活された経験があり、おとなしそうな見た目とは裏腹に、活動的な一面を持っておられます。だからといって、恋愛までが活発だったとは決めつけられませんよね。

 

紀子様が初めてお付き合いされた相手が、秋篠宮様だと言われています。本当なら、全く恋愛奔放ではないです。秋篠宮様が学生時代に、ガールフレンドが8人いると発言されたことがあるそうです。

 

これは仲のいい女友達という意味なのでしょうが、“八股”だと一部で騒がれたみたいです。それがいつの間にか、紀子様のことのように言われてしまったのでしょう。タバコも秋篠宮様が吸われていたので、写真によっては紀子様が吸っているように見えたのかもしれません。

 

秋篠宮様がそうなら、紀子様も同じという考えの人もいるのでしょうが、噂って恐ろしいですね。

紀子様と秋篠宮様の馴れ初めは?

馴れ初めは、学習院大学です。1985年に学習院大学に入学された紀子様は、秋篠宮様と大学校内の書店で出会われたのが最初と言われています。その後、秋篠宮様が結成された自然文化研究会というサークルで、一緒に活動を通じ交際を深められたそうです。

 

1986年6月に、秋篠宮様よりプロポーズされました。紀子様は大学2回生、まだ20歳の誕生日前のことです。さすがに即答は避けたそうですが、早い段階から宮中に招かれ、ご両親である現在の天皇陛下らとも会われ、一緒にテニスを楽しまれたこともあるそうです。

 

陛下らは親しく「紀子ちゃん」と呼ばれていたとか。宮中に招かれたのがプロポーズの前か、返答されたあとかはわかりませんが、秋篠宮様の脇の固め方は凄いですね。まだ大学生だった紀子様の不安を和らげるのに、秋篠宮様や天皇ご一家の配慮が感じられます。

 

ただ紀子様はプロポーズされるまで、秋篠宮様とお付き合いしているという自覚はあったのでしょうか。お付き合いされていたのなら、それが結婚前提だとは思わないですよね普通は。

 

皇室に嫁いで来てほしいと言われた紀子様は、とてつもない決断を19歳で迫られました。19歳の若さで皇室の嫁に来て欲しいはちょっと重いかもしれませんが「好きになった方が、皇室の方だっただけ」だと、当時の紀子様はおっしゃられたそうですが、そういう運命のレールに乗っていない者には、想像もできないことです。

 

シンデレラだと、当時のマスコミはもてはやしたそうですが、その頃の紀子様の心境は、想像もできないですね。

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紀子様は結婚後も男の子がほしく中絶をしていた?

紀子様がほしいというより、宮内庁や国が欲しがっていたという感じがしますよね。雅子様は38歳で愛子様をご出産された後、精神的な重圧などもあり、2年後の2003年12月に帯状疱疹を発症されてしまいます。

 

同じ月に当時の宮内庁長官が「皇室の繁栄を考えると、第三子を強く希望する」と発言されました。何か女性に対して、不愉快な言葉ですよね。今ならセクハラだ、マタハラだと言われそうですね。

 

翌2004年から女性・女系天皇容認の議論が進む中、2006年2月に、紀子様ご懐妊と発表されました。悠仁様の誕生は紀子様が望んだというより、お世継ぎ問題を終わらせたかった宮内庁や国が、秋篠宮様と紀子様を利用したようにも思えますね。

 

男の子が欲しくても、中絶を繰り返すと不妊症になることもあるそうです。そんなリスクがあるのだから、普通はやらないんじゃないでしょうか。体外受精の手法を用いた着床前診断やマイクロソート法での産み分けは、世界では行われているそうです。

 

日本では産科婦人科学会が禁止しているので行われていないそうですが、これなら中絶のリスクは減りますよね。ご懐妊発表のタイミングと、性別はまだ判っていないはずなのに、世間が男の子が生まれると決まっているような空気がありました。

 

やっぱり、生まれてくるのが男の子だと、最初から判っていたのでしょうか。秋篠宮様や紀子様は、性別は知らないままにされたそうですが、内々にこっそりと洩らした人がいたんじゃないかと思ってしまいます。

事前に知ったからといって、性別が変わることはないんですけどね。

紀子様の正体が怖いと噂されている理由は?

紀子様はご先祖を遡っても、皇室と繋がりがない、全くの庶民出身なんだとか。皇室と血の繋がりがなくて、宮様と結婚なんて、昔は考えられなかったんだそうです。南北朝時代まで遡れば、家格は良かったという美智子様ですら、民間出身と言われいじめがあったと言われています。

 

紀子様の場合は秋篠宮様が次男だったので、構わないだろうと宮内庁が判断したと聞いたことがあります。世が世なら、秋篠宮様とのご結婚などあり得ない家柄ということでしょうか。皇室の一員になりたくて、秋篠宮様に近付いたとも言われていますが、これって必ず言われる“あるある”ですよね。

 

紀子様は悠仁親王を出産。悪意ある言い方をすれば、“天皇の母”の座を掴み取ったわけですよね。その上、天皇陛下が生前退位されるので、秋篠宮様が皇太子と同格の皇嗣の座につかれ、紀子様は皇嗣妃になられるのですよね。

 

これが始めから計画されていたなら、紀子様は皇室を裏で牛耳るドンといったところでしょうね。けれど“天皇の母”や“生前退位”を画策し、ご結婚されるのは無理ですからね。そんな妄想や、見た目で紀子様の正体が怖いと騒ぐのはどうかと思いますね。眞子様のご婚約問題で秋篠宮家の内情が、あれこれ聞こえてきます。そこには笑顔の紀子様とは違う、厳しい一面ももちろんあります。

 

紀子様も、もう50歳を過ぎました。ニコニコしているだけでは、済まされないお立場でもあります。作られた笑顔が怖い、目が笑っていない、笑顔が完璧すぎて恐ろしいなど、好き勝手に書かれていますが、それだけで怖いだとか、紀子様の正体だと言うのは検討違いではないでしょうか。

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秋篠宮家のお世話係が次々に退職!紀子様のしっ責やお叱りが原因?

秋篠宮家では、確かに職員が次々に辞めたと報じられていますね。ただ言われているのは、宮内庁職員ではなく、私的に採用している職員だとの噂もあります。紀子様の身の回りのお世話をする侍女長が、紀子様の責任感の強さについていけず、ノイローゼになったことがあったと言われています。

 

とても細かく厳しいとも。皇居や東宮御所と違い、秋篠宮家はご結婚されて設立されたので、職員もそう多くないそうです。悠仁様のご誕生で、さらに職員が必要になったところに、眞子様や佳子様が成人皇族として、公務につかれるようになり、職員が必要になれば、私的に雇うこともあったでしょう。

 

宮内庁の職員であっても、経験の浅い若い職員の器用も仕方がないのかもしれません。世間では、新入社員がすぐ辞めるとか言われていますよね。大卒だと入社1年目の12%くらいが、退職してしまうんだとか。

 

10人に1人が多いのでしょうか。ただ、離職理由が「思っていたのと違う」「やりがいがない」「人間関係が嫌」これでは“宮仕え”が、続くとは思えませんね。宮中祭祀の所作を間違えたら、秋篠宮様にすごく怖い目で睨まれたという元職員の声があるようです。

 

宮中祭祀こそ、皇室のお仕事。睨まれただけで、最初からやり直しされなかっただけよかったと思わなければなりません。あまりにも、職員のレベルが低すぎますね。これでは紀子様も、思わず声をあらげてしまうことがあっても、仕方ないでしょう。むしろ、紀子様に同情してしまいます。

 

秋篠宮家の内情が、マスコミでよく取り上げられるのは、こういったレベルの低い元職員が、小銭稼ぎに情報を売っているのかもしれませんね。お金になるとわかれば、正確でないことも、盛って話している可能性もありますよね。

宮内庁が職員採用と教育を、徹底するしかないのかもしれませんね。

紀子様の性格はしたたかで笑顔が怖い?

紀子様は悠仁様のご誕生で、今のところは未来の天皇の母になりました。また天皇陛下が生前退位されると、秋篠宮様は皇位継承順位が第1位となり、皇太子殿下と同等の待遇となる皇嗣殿下になられるので、紀子様も皇嗣妃殿下に。

 

宮中行事など、新たに学ばれることもあるかもしれません。学習院大学院生から皇室に嫁がれた紀子様は、海外生活はあっても留学経験はありません。雅子様のように華やかな経歴もないので、下に見られないようにと、自らを厳しく律しておられると聞いたことがあります。

 

国民には満面の笑みで、手を振られる紀子様も、裏では大変なご苦労をされているようです。したたかというよりも、必死で頑張っておられるんですよね。その上に、眞子様のご婚約問題。

 

社会人の経験がないから、格式のない家柄出身だからと、紀子様バッシングがありました。自然と厳しいお顔にもなるでしょう。したたかに振る舞う余裕すらないかもしれません。笑顔が怖く感じたら、その時はお忙しくて大変なのでしょう。

 

バッシングばかりしていては、紀子様まで公の場に出られなくなる、なんてことはないのでしょうか。雅子様の二の舞にならないよう、宮内庁は守ってあげられないものかと心配になってしまいます。

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紀子様のプロフィールと経歴

秋篠宮文仁親王妃紀子様

1966年9月11日生まれ

旧姓 : 川嶋

出生 : 静岡県静岡市駿河区

恩賜財団済生会静岡済生会病院

父親 : 川嶋 辰彦

母親 : 川嶋 和代

弟 : 川嶋 舟

役職 : 結核予防会総裁

恩賜財団母子愛育会総裁

日本赤十字社名誉副総裁

紀子様はお父さんのお仕事の都合で、6歳までアメリカで過ごされ、自由学園幼児生活団(幼稚園)通信グループを卒園されました。帰国してからも、小学校は編入を繰り返され、1976年に学習院初等科へ編入されますが、すぐにオーストリア・ウィーンへ。

 

お父さんの仕事の都合とはいえ、紀子様は友達を作るのも大変だったのではないでしょうか。ウィーンでは、現地のアメリカン・スクールに通われていたので、英語とドイツ語が上達したそうです。

 

1979年9月に日本へ帰国してからは、学習院女子中等科へ編入し、学習院女子高等科、学習院大学と進学され、1年先輩の秋篠宮様と運命の出会いをすることになります。1989年に学習院大学を卒業し同大学院進学、社会心理学を専攻されました。

 

この年の8月に、婚約内定の報道がされてしまいました。そのため、9月に皇室会議で可決、お2人で記者会見を行われてました。納采の儀は昭和天皇の喪が明けた1990年1月12日に、6月29日に結婚の儀が執り行われました。

 

お住まいは宮邸は東京都港区元赤坂の赤坂御用地内。1997年(平成9年)3月からは、旧秩父宮・宮邸を使用しておられます。1991年10月23日、眞子内親王が誕生。1994年12月29日に、佳子内親王誕生。

 

翌年の1995年、結婚で中断していた学習院大学大学院・人文科学研究科心理学専攻博士前期課程を修了されました。2006年9月6日、悠仁親王が誕生されています。

 

2009年、お茶の水女子大学の名誉特別研究員として、公務の合間を縫って研究を再開され、2013年3月、博士(人文科学)の学位が授与されました。婚約報道が出たとき、学習院大学教職員用の共同住宅に住んでいたことから「3LDKのプリンセス」「一般家庭から誕生した現代のシンデレラ」と、マスコミは騒いだそうです。

 

テレビを見ない生活というのも、話題になりました。秋篠宮様から贈られた婚約指輪が、ナマズをあしらったデザインと報道された時には、かなり女性から同情の声があがったそうです。

 

秋篠宮様が“魚類に関する分類学”をオックスフォード大学で学ばれていたそうですが、やっぱり女性は引きますよね。可愛らしい紀子様とナマズのギャップもあって、余計に騒がれたんでしょうね。

 

オーストリアにおられたことがあるからか、チターの演奏ができるのだとか。紀子様とチターの柔らかくも強い響きが、とても合っていますね。経歴だけ見れば、雅子様のような華やかさはありませんが、見えない部分で、凄く頑張られたんだろうと思わずにはいられません。

 

お父さんは学習院大学で教授をされているそうですが、紀子様の弟の舟さんも東京農業大学で教授をされています。教授一家なんですね。秋篠宮様も、東京農業大学で教鞭をとられているそうです。

 

余談ですが、弟の舟さんは2013年に離婚され、当時5歳の娘さんを引き取り、シングルファーザーとして頑張っておられるのだそうですよ。紀子様は雅子様と違い、あまりご実家の話題が出ませんね。

 

お父さんの職業も違いますし、報道されないだけなのかもしれないですが、あんなに若くで嫁がれて、お母さんに頼りたい時はたくさんあったはず。どうされていたのかと思ってしまいます。

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まとめ

紀子様はご結婚される時の、可憐で可愛らしいイメージが、あまりにも印象的すぎますね。現在のお姿が想像以上に強くて、シンデレラもずっと可憐なシンデレラのままではいられないのだなと、現実を突きつけられた気分です。

 

このギャップから、今の紀子様を怖いと思ってしまうのでしょうか。紀子様は実年齢より若く、とてもお綺麗なんですが、どこかに“肝っ玉母さん”の空気を感じてしまいますね!そして娘の眞子様、佳子様には幸せになってもらいたいと願っている普通の母だと思います。

皇室の嫁として暮らしていくには相当図太い神経じゃないと厳しそうです。紀子様と雅子様を比べてはいけませんが、紀子様の方が精神的に強そうなイメージになりませんか?

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