皇室関係

雅子様の皇后が無理ダメな理由は異常な重圧のせい?病気が心配!

雅子様の皇后が無理ダメな理由は異常な重圧のせい?病気が心配という声がネット上では噂になっています。2019年には平成が終わり、現在の天皇陛下が生前退位されると、新たに皇太子殿下が天皇に即位されることが決まっています。

 

そうなると、皇太子妃雅子様は、皇后陛下になられます。病気のために、皇太子妃としての公務も無理な雅子様が皇后陛下になられるのです。もし皇后陛下になられても、現在のように公務を度々休まれる状況が続くなら、それは異常事態ではないでしょうか。

 

世間で噂されるほど、雅子様はダメな皇太子妃なのでしょうか。これまでに発表されてきた情報などから、雅子様の病気、現状などをまとめてみました。

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雅子様のプロフィールとこれまでの経歴

皇太子徳仁親王妃雅子(こうたいしなるひとしんのうひ まさこ)

*1963(昭和38)年12月9日生まれ

*東京都出身

*お印 : ハマナス

*勲等(称号) : 宝冠大綬章

*学位 : 経済学士(ハーバード大学・1985年)

*役職 : 日本赤十字社名誉副総裁

*住まい : 東宮御所

*父 : 小和田恆(元外交官)

*母 : 小和田優美子

*妹 : 池田礼子/渋谷節子

外交官をしていたお父さんの仕事の関係で、1歳からソビエト連邦(現在のロシア)で過ごし、モスクワとニューヨークで幼少期を過ごした雅子様は、この時すでに、ロシア語と英語が話せたとか!

 

田園調布雙葉学園・田園調布雙葉小学校、中学校を卒業し同高校に進学するものの、お父さんの転勤でまたもやアメリカへ。マサチューセッツ州立ベルモント・ハイスクールを卒業し、ハーバード大学に進学します。1985年に卒業し帰国すると、今度は1986年4月から東京大学法学部第3類(政治コース)3学年に外部学士入学します。

 

10月に外務公務員採用I種試験(外交官試験)に合格したため、翌年で大学は中退し外務省に入省。東大を1年あまりで中退という驚きですが、当時の外務省では外交官試験に合格したため、大学を中退する人は多かったんだそうです。

 

雅子様は初めて、外務省のキャリア官僚になった女性として、当時大変話題になりました!やっぱり、外務官僚になる人って、子供の頃から国際的なんですね。1987年、外務省経済局国際機関第二課に配属され、翌年にはイギリスのオックスフォード大学ベリオール・カレッジに研修留学します。

 

1990年7月、研修留学が帰国し、北米局北米二課に配属されました。華麗なキャリアですね。1989年には“お妃候補”として、留学先まで追いかけてくるマスコミに「私はまったく関係ございません」と発言。「外務省の省員としてずっと仕事をしていく」と、“お妃候補”を否定したこともありました。

 

けれど、皇太子殿下のお気持ちは変わらず、1992年『鴨場デート』でのプロポーズになるのですね。このプロポーズで雅子様の人生が大きく変わっていくのですが

1993年2月に、外務省を退職。

1993年4月12日、納采の儀(婚約)を経て、同年6月9日に結婚の儀となります。

雅子様には、こんなに華やかな経歴があり、皇太子様とご結婚されるまではバリバリのキャリアウーマンでした。1986年に東宮御所で開かれたパーティー以来、一度は公の場で否定されたにも関わらず、皇太子殿下が想い続けておられたというのにも驚きです。

 

そんなにも想われて結婚できるなんて、女性としては幸せなんだろうと思うんですが、そこは皇室。世間一般のお金持ちに嫁ぐのとは、勝手が違いますからね。バリバリのキャリアウーマンの道を諦めて、世界最古の皇統である皇室に、それも皇太子の元に嫁ぐなんて、雅子様は本当に悩まれ、一大決心だったのでしょう。

雅子様の経歴から分かるように、雅子様は外務省の女性職員として仕事にも大変情熱的でした、大好きな外務省という仕事を捨てて皇室に入るというのは、ある意味人生を捨てると捉えることもできますよね。

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新天皇の即位の日はいつ?

まず、生前譲位に至る経過から、振り返ってみますね。2016年7月13日、天皇陛下が“生前退位(譲位)”の意向を宮内庁関係者に示したと、一斉に報道がありました。8月8日には、約11分間のビデオで“お気持ち”を『象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば』として表明されます。

2017年12月1日に開かれた皇室会議において、退位日が『2019年4月30日』、皇太子殿下が新天皇として『2019年5月1日』に即位され、この日より新元号となることが決まりました。平成も残すところ、1年を切りましたね。

皇太子殿下が天皇に即位されるということは、雅子様は皇后陛下になられるわけですよね。雅子様はご結婚が内定し、外務省を退職したあとの3月12日から、皇族として必要な知識などを学ぶ“お妃教育”を受けられたんだそうです。

噂には聞いたことありましたが、本当に“お妃教育”ってあるんですね。雅子様は語学が堪能だったから省略されたそうです。それでも皇室典範・憲法、日本歴史、和歌、書道などを学ばれました。

特に宮中祭祀と皇室制度関係は学ぶ事柄が多く、秋篠宮妃紀子様の時より2倍近い時間が組まれたのだそうです。“お妃教育”で週4日を6週間、計50時間学ばれ、数十冊も雅子様はノートを取られたと言われています。

それでも、いざ皇后陛下になるとなれば、新たに色々と学ぶこともあるかもしれないですね。天皇陛下の退位で、皇太子殿下もお忙しいでしょうが、雅子様の心身のご負担も心配してしまいます。

皇太子殿下が天皇に即位されることは、個人的には反対ではないのですが、天皇誕生日が12月23日から2月23日に変更され、12月23日が平日になってしまうのだけは、何とかしてほしいと思ってしまいます。

雅子様が皇后になるのが心配の声が!雅子様には無理でダメな理由は?

雅子様が皇后陛下になれるのか、心配な声がありますね。1993年に皇室に入られてから10年目の2003年12月に帯状疱疹を発症し、雅子様は公務を休み療養することになりました。嫁いでから、慣れない環境の中で必死で頑張ってこられた心身の疲れが、帯状疱疹という形で出たのだろうと言われていました。

 

けれど翌年の6月には適応障害と診断され、長期療養生活に入ってしまわれました。雅子様は現在、少しずつ公務に復帰されています。けれど2泊以上になる公務など、気乗りしない公務には、体調などいろいろと理由をつけ避けています。

 

少なくとも、私たち国民には、そう見えてしまいます。現在は皇太子殿下が、海外などお一人で行かれていますが、本来ならご夫妻で行かれるべきこと。天皇陛下に常に寄り添って歩かれる皇后陛下のお姿を見てきているだけに、雅子様が出来るのか心配です。

 

そして、雅子様が療養中ということで東宮御所に出入りしている実家の家族とも、本来はきちんと距離をとるべき。皇室を私物化してはダメですよね。嫁いできた嫁の実家が、家に出入りするようなもの。皇居を実家の家族が出入りするなんて実は異常事態のようです。

新天皇が素晴らしい方でも、雅子様が公私混同していては、国民の信頼も何も、得られないのではないでしょうか。

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雅子様が皇后に!異常なプレッシャーがある?

皇后陛下になるのですから、雅子様にプレッシャーがないわけがありません。不機嫌な顔は禁物ですが、ため息も、疲れた顔もできません。いつもにこやかに、笑顔で“お手振り”も楽ではありません。

 

けれど一挙手一投足を、国民が見ているのです。何か失敗をすれば、あっという間にそのニュースは、世界中を駆け巡ります。これが異常なプレッシャーでなくて、なんなのでしょう。適応障害は、新しい環境に適応しなきゃというプレッシャー、まわりからのストレスなどが積もりに積もって、帯状疱疹という症状で、雅子様に現れたみたいですね。

 

生活のリズムが狂い朝に起きられない、何かをやろうとするとしんどくなる、やる気が起こらないなどは、うつ病でも見られますが、適応障害でも見られます。適応に障害があるから、頑張れないんです。

適応障害を克服しようとしている段階の雅子様に、新たなプレッシャーがのし掛かるのは必至なので、回復が遅れないか心配ですね。

雅子様の病気が心配だけど現在はどうなった?適応障害は嘘?

最近、雅子様のお姿を見る機会が増えたので、適応障害から、ゆっくりと回復傾向なのではないでしょうか。皇后になるのだからと、無理に公務に出席しておられるのなら、少し心配は残りますね。

今ではあまり知られていませんが、美智子様は明治以降、初の民間出身の皇族になられたので、旧皇族・華族からご結婚を反対する声がかなり強かったようです。現在の皇太子殿下を出産されたあとに、第2子を流産されました。

 

そのことを責める皇族もいたらしく、心身の疲労あって、5ヶ月あまり東宮御所から離れて療養されていたそうです。適応障害は気分がよければ、問題なく日常生活を送れるので、仮病と間違われることもあるようです。

 

環境がかわり、重度のプレッシャーに長い間さらされることで、対応できなかった部分が適応障害として現れるようです。ネットには雅子様を誹謗中傷する記事が、とても多く見られます。それらの記事のひとつひとつが、雅子様の心を蝕んでいるように思います。

もっと雅子様を労って国民が支えていかないと、皇后になった時には相当なプレッシャーで今後こそ精神病にかかってしまう可能性も否定できません。

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雅子様は病気のせいで皇后の公務はできない?皇后の役目とは?

まず“日本赤十字社名誉総裁”と、“国際児童図書評議会名誉総裁”という役職は、美智子様から継がれるでしょう。もしも、雅子様が病気で欠席したらば、誰が代わりに挨拶をするのでしょうか。秋篠宮妃紀子様でしょうか。

 

皇后陛下になられたなら、現在は控えておられる1人での公務も増え、挨拶をしなくてはならない機会も出てきます。それ以外にも園遊会、様々な国賓を招いてのパーティーやレセプション、海外の国々を陛下と一緒に訪問するのも公務です。

 

その上に宮中祭祀など、国民の目に触れないこともたくさんあります。365日フル回転です。公務にあまり姿を見せられない雅子様が、皇后になってやっていけるのかは、今、国民の関心事かもしれませんね。

ただ、やってみなければわからないことですからね。美智子様は自分のことより、まず陛下のことを優先されたそうです。雅子様にもそうあってほしいと願うばかりです。

雅子様は美智子様の後を継いで養蚕できるの?

明治以降の皇后は、産業奨励のためご養蚕を行い、現代にいたるまで継承しています。美智子様も歴代皇后が継承されてきたご養蚕を引き継ぎ、国内の養蚕業が衰退した今も、毎年、春から夏にかけて手作業で行われています。

 

美智子様は改良された品種の蚕と共に、“小石丸”という古い純国産の蚕を飼育されています。小石丸”から採れる細くて繊細な生糸が、8世紀(奈良時代)の貴重な文化遺産「正倉院宝物」を復元するために必要だとわかり、増産されているそうです。

 

この養蚕で採れる生糸は、納采の儀で雅子様に贈られた緞子となります。緞子は絹のドレス用で、雅子様は5巻贈られたました。婚儀で着るローブ・デコルテなどに仕立てられます。雅子様が美智子様から、指導をうけておられる映像が、先頃、テレビで見られましたが、雅子様は蚕は大丈夫なのか心配です。

もちろん、直接、蚕を触るようなことはないでしょうから、なんとかやって行けるのではないかと期待してしまいます。

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雅子様が皇后になったら愛子様は大丈夫?

雅子様は愛子様を過保護にし過ぎているだの、一卵性親子と揶揄されることもありますが、雅子様が皇后として、本格的に動き出されたら、愛子様はお1人になられる時が増え、寂しい思いをされるかもしれませんね。

 

けれど、来年には高校3年生なので、勉強も部活も忙しいでしょうから、親の干渉がなくなったらのびのびされるかもしれませんね。今は昔と違い、SNSも普及していますからね。愛子様については、心配しなくても大丈夫かもしれないですね。

まとめ

皇太子殿下がプロポーズで雅子様に「外交官として仕事をするのも、皇族として仕事をするのも国を思う気持ちに変わりはないはず」と仰ったとか。その後も悩まれる雅子様を急かすこともなく「皇室に入られることにはいろいろ不安もおありでしょうけれども、雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから」と仰ったそうです。

 

一般家庭なら踏み切れても、皇室ですからね。普通に考えて皇室に嫁に行くと今度の人生がどうなるかは誰でもわかりますよね。ようやく結婚を決意した雅子様は「本当に私でよろしいのでしょうか」「お受けいたします限りは、殿下にお幸せになっていただけるように、そして、私自身もいい人生だったと振り返られるような人生にできるように努力したいと思います」と仰ったそうです。

当時、世間では皇太子殿下が、理想のタイプという女子多かったですね。嫁いだ雅子様には、“お世継ぎ”プレッシャーは凄かったでしょう。国民が姑に感じられたかもしれません。

愛子様がお生まれになった直後の会見で、男の子を生む予定など聞く失礼な記者。どれほどのショックだったでしょう。報道やマスコミが雅子様を適応障害に追い込んだような気がしてしまいました。

雅子様を見ていると皇室の嫁は向いていなかったんですよね!雅子様の顔が笑っていないんですよ。一生懸命笑顔を作っているのが苦しく見えますね。まだ秋篠宮紀子様の方が皇后としてやっていけそうって思ってしまうのですが・・・雅子様頑張って!

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